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最近の受賞者

第51回(平成30年度)MBC賞 受賞者

今年度は9月6日に選考委員会を開催し、2団体1個人へお贈りすることを決定しました。表彰式は10月10日(水)城山観光ホテルで行います。

団体 「高校生ミュージカル ヒメとヒコ」
市民参加型・地域密着型の高校生ミュージカル公演活動

高校生ミュージカル ヒメとヒコ
 平成19年度に、大隅半島に住む現役高校生による市民参加型の創作ミュージカルとして初演。故郷をモチーフにしたミュージカルは、鹿屋市市民交流センター指定管理者「まちづくり鹿屋」の自主事業として、鹿屋を拠点として活動する演出家、松永太郎氏が舞台を担当してスタート、平成21年度以降は、鹿屋市自主文化事業として開催してきている。初演より11年間にわたり、奄美や志布志、霧島などで実施した特別講演なども含めて、通算35公演を実施しており、市民参加型事業としては、異例のロングラン公演を達成、鑑賞した方々に大きな感動と元気、故郷を誇らしく思う気持ちを与え続けている。
 ミュージカルのPR活動も積極的に行っており、毎年平均して年間10回程度、鹿屋市内外のイベントや式典に出演し、寸劇や踊りなどでミュージカルをPR。大隅や鹿屋の文化PR隊としての役割も果たしている。
 初演以来、700人近くの地元の高校生が舞台を経験。夢と愛郷心が芽生え、地域文化の担い手を目指す若者も生み出している。また、鑑賞した小中学生が、高校生になって出演を希望する流れも生まれており、故郷、大隅を愛する子供たちを育成する青少年教育にも大きく貢献している。
(平成19年設立 ヒメヒコ会 仮屋薗 幸 鹿屋市)

団体 「NPO法人 頴娃おこそ会」
観光を活かした地域総力戦のまちづくり活動

NPO法人 頴娃おこそ会
 南九州市頴娃町内の観光を活かしたまちづくり活動を推進しようと、平成17年に任意団体として設立。平成19年にNPO法人に改組された。メンバーは町内各分野の自営業者をはじめ、農家、農協、市役所、議員など多岐に渡っており、官民の枠を越えた地域総力戦で、まちづくり活動を展開している。
 平成22年に始動した「番所鼻公園内にタツノオトシゴの鐘を作るプロジェクト」では、公園に幸せの鐘を設置、連動して行政が、公園の遊歩道などの整備に着手、官民連携による観光地化が進展した。賑わいは、近隣の釜蓋神社にも波及し、釜の蓋をかぶってのユニークな願掛けが、メディアでも取り上げられ、番所鼻公園は年間7万人、釜蓋神社は年間15万人を集める新たな観光スポットに成長した。
 また、若手茶農家グループと一緒に大野岳の観光地化に取り組み、行政も連携して、108歳を祝う茶寿にちなみ「茶寿階段」と名づけた108段の階段を整備、山頂から茶畑などの絶景が望める大野岳に観光客が増え、茶畑に観光客を招くツアーも誘致するなどして、観光と農業をつなぐ六次産業の好事例となった。
 更に、「石垣商店街賑わい創出プロジェクト」は、空き店舗の再生活動へとつながり、店舗は宿泊施設などに再生され、商店街の食材店と組んだ食事提供や、民宿開業を目指す若者の移住を誘発するなどの観光関連事業にもつながっている。今夏には活動を更に推進する株式会社も設立、今後の活躍がますます期待されている。
(平成17年設立 理事長 石元 宏二 南九州市)

個人 「浜田 太」(写真家)
写真家として、アマミノクロウサギの生態記録など、奄美の自然や文化を発信

浜田 太
 奄美大島で写真家として活動。「生きた化石」といわれるアマミノクロウサギの姿を克明に記録し、子育ての様子などを世界で初めて明らかにした。現在もアマミノクロウサギ生態研究家として、奄美群島の自然、文化の発信を続けている。
 講談社写真部を経てフリーカメラマンとなり、昭和54年に奄美大島へ帰省、アマミノクロウサギが住む森を主な撮影フィールドにする。翌年、写真事務所を立ち上げ、その後、奄美の情報誌「ホライゾン」の企画制作に携わる。撮影対象は、森から奄美群島の自然、そして人々の暮らし、伝統文化に広がっており、撮影もスチール写真にとどまらず、ハイビジョン、4Kと常に挑戦を続けている。
 平成27年には長期間、森に入って、それまで謎に包まれていたアマミノクロウサギの生態を記録し、出産前から子ウサギの巣立ちまでの撮影に成功。神秘の森で授乳する母ウサギの映像は、驚きとともに多くの賞賛の声が寄せられた。撮影された貴重な映像は、昨年、世界最大級の自然写真コンテスト「ネイチャーズ ベスト フォトグラフィー アジア 2017」の動画部門で入賞。アジア各地から応募があった8500点の中から選ばれたもので、これまでの活動が世界にも認められた。
 浜田氏の取り組みは、奄美の貴重な自然や文化を記録すると共に、世界中に発信していくことに大きく貢献しており、奄美の世界自然遺産登録に向けても、今後の更なる活躍に大きな期待が寄せられている。
(昭和28年生まれ 奄美市)